雨が降る寒い日でしたが、深見牧師と16名の会員が集まりました。
この日のテーマは「プリスキラとアキラ」
使徒行伝やコリント人への手紙など聖書に6回にわたって登場するアキラと
その妻プリスキラは、ポントス州出身のユダヤ人ですが、テント作りを生業としてローマで暮らしていました。
紀元49年、当時のローマ皇帝クラウディスのユダヤ人追放の命によりローマを追われ、コリントの町に移ります。そこへ2回目の伝道旅行中のパウロが訪れ、18ヶ月間生活を共にします。このできごとはパウロにとってもふたりにとっても大きな転機だと思われます。
その後、エペソの町に移ることになったパウロにふたりもついていきます。
皇帝の死後、追放令が解除され、ふたりはローマに戻ります。
パウロが書いた「ローマ人への手紙」「コリント人へ手紙Ⅰ」を読むと、ふたりの信仰がどれほどゆるぎないものであり、パウロやその他の伝道に携わった人々を支えていたかを読み取ることができます。
ふたりの行くところ住むところに教会の基となるふたりの暮らしと家があったのです。
信仰とはひとりひとりの胸にあり、家庭に在るものであるということ・・・このことがのちの教会の礎となったことに深い感銘を受けました。
ローマに戻ったのちのふたりは「暴君ネロ」のキリスト教弾圧を受けて殉教したと言い伝えられています。
いまでは、世界のどこにでもある十字架を掲げた教会が「プリスキラとアキラ」の信仰と歴史を超えて深く繋がっているのです。
2月13日が「プリスキラとアキラ」の祝祭日であり、2月18日「灰の水曜日」を迎え受難節・レントに入ったまさにこの日、ひとりひとりが自分の内に在る信仰と「教会」にあらためて向き合う学びの機会となりました。